2013年3月11日月曜日

安倍政権が目指すべき道州制とは


道州制については、安倍政権を支持する支持者においても拒否感と警戒感が強い。これは当然で、今まで流布されている道州制論はすべて左派からの発案だからだ。

その主目的は中央政府から予算と権限を奪い、外国人参政権で止めをさす。メディアもそのことがわかっていながら嬉々として地方「主権」と言い流す。

ここでは自民党が出すべき、そして出してくるであろう道州制論を冷静に分析したい。

まず道州制論と地方分権はイコールではない。

参考になるのはドイツの例だ。簡単に言えばドイツでは、中央政府は外交安全保障問題を集中的に担当、州政府は主に空港や港湾施設などの産業政策を管轄、そして生活に関わる行政を都道府県が担う。つまりドイツの狙いは行政の役割分担と責任の明確化と階層化だった。

道州制がなぜ必要なのか。日本は公共事業で都道府県ごとに小規模な空港を作って、韓国や中国の空港に規模と集約化で負けてアジアのハブ空港になれなかった。港湾施設もそうだ。神戸や横浜の港湾施設はアジアのハブになる可能性を秘めていたのにそれができなかった。

その処方箋の一つとして出てきたのが大阪都構想であるが、維新の都構想は民主党が考えていたような日本解体のような地方主権とは違うように見える。維新の最大の眼目は産業力強化と都市基盤の整備だ。

維新の橋下市長も国政に手を掛けている以上、おそらくこの案に近いものを考えていると思われる。彼の地方主権構想は大阪都構想のためのレトリックの部分が大きい。

軍事基地をどこに置くかで地方議会の反対にあって、10年以上も停滞するようなざまでは国防はおぼつかない。中央政府の仕事、地方自治体の仕事、その役割分担を明確にすること、それは決して日本の弱体化に繋がらないと考える。

いやむしろ国権の強化という意味で好ましい。安倍政権を支持するような支持層は道州制を全否定せず、換骨奪胎の発想が必要だと思う。現在のように基地問題で地方自治体の反対によって内閣が吹っ飛ぶような状況はさすがに異様である。

とはいえ問題もいくつもある。特に州政府を担う議員の質だ。はっきりいって地方自治の議員の質は低い。中央政治はメディアの監視を受けるので(日本のメディアの質も大概であるが)、それなりの議員の質は保たれている。地方議会の質は予想以上にひどい。そこをどう改善していくか。

道州制だからといって全否定する必要はない。道州制という言葉が独り歩きしているならば、”広域中間行政の創設”と言い換えても良い。行政の階層化と役割の明確化を進めることで、行政ごとに適した人材を議会に送り込むことも可能になるだろう。道州議会なら産業政策に精通しているビジネスマンなどが対象になるだろう。

大事なことは国民の声として道州制を国民にとって好ましい形に作り変えることである。国会の議論をリードするような国民の声を政権に伝え要望していくことである。そしてそれは主権者の権利なのだ。

2013年2月27日水曜日

日本は二方面侵攻を覚悟せよ


日本の防衛は冷戦時代は基本的にはソ連の北海道侵攻を想定していればよかった。しかしソ連が崩壊して中国が台頭してきた中で防衛体制の見直しが図られようとしている。

日本が考えなければならないことは、尖閣への侵攻侵入を許せば、中国は沖縄を次に狙ってくると言うことである。さらに大事なことは尖閣の侵入を許すほど日本が弱体化すれば、中国のみならず周辺の国も日本領土への侵攻を考えるだろうと言うことだ。

その周辺国というのはロシアではなく韓国である。

中国に立ち向かう日本、つきしたがう韓国」によれば、韓国は既に軍事と金融という両面においてアメリカよりも中国に依存するような体制になってきている。韓国は日本との軍事機密協定を蹴り、中国と同等の条約を結んだ。これがためアメリカの軍事機密情報が中国側に筒抜けになり、怒ったアメリカは北朝鮮のミサイル情報ですら韓国側に提供しなかった。

また中国の黄海の内海化を防ぐ橋頭堡であるはずの済州島が、すでに中国資本によってその多くを買い占められており、事実上"中国の島”へと変貌しつつある。今まではアメリカ海軍しか寄港できなかったが、韓国政府によればこれからは中国海軍の艦船も寄港できるようになる。

さてそのような韓国が、尖閣について中国の侵攻を許すような日本の弱体化を見過ごすわけがない。中国とあうんの呼吸で対馬に侵攻してくる可能性は十分にある。歴史的を振り返れば明白である。

例えば竹島だ。当時日本と朝鮮半島はGHQの施政下にあったにもかかわらず、李ショウバンは九州占領を狙ってアメリカに兵士輸送の船舶の提供を要請した。元寇の時も、高麗の使者はフビライに強硬に日本上陸を勧め、日本渡航への船舶を提供している。韓国はその時々の"宗主国”の力を背景に日本を狙うのだ。

韓国は最近海軍の充実を図ろうとしている。対北朝鮮であれば必要がない軍備である。中国と張り合うためでなければ、その仮想敵国はまぎれもなく日本である。

韓国が中国の柵封下に入れば、必ずや対馬への領土的野心を隠そうとしなくなるだろう。アメリカはすでに韓国への戦略を「引き付けておく」から「離れるに任せる」ことを前提にして組み立てようとしてる。したがってアメリカは韓国への抑止力とはなりえない。その場合抑止できるのは、奇妙かもしれないが北朝鮮の南進の可能性のみである。

したがって日本がとりうる選択は一つしかない。尖閣問題で一歩も引かず中国に対抗すること。そのため尖閣周辺の局所的な軍事バランスを崩さないよう、中国の軍拡をフォローしながら防衛体制の充実を図ることだ。

中国の軍拡はハイペースであるが、それは中国が全方位に対して領土的野心を持っているからである。インド・ロシアと長大な国境線に軍備を割かなければならず、アメリカの巨大な空母群に対抗するため巨大な海軍整備費も献上しなければならない。

日本はあくまでも尖閣周辺の軍事バランスを崩さないように防衛体制を構築していけばよい。中国の極端な軍備拡張を必要以上に恐れる必要はないが、尖閣への野心をくじく様な十分な抑止力を南方防衛に関して構築すべきである。それが同時に韓国の対馬への野心を打ち砕くだろう。逆に言えば、尖閣を失う時は沖縄と対馬も同時に失うことになるだろう。

2013年2月23日土曜日

政策を考える際に大切なこと


SNSができて政策に対する議論は百花繚乱の態をなしている。みんなそれぞれ自分の支持する政策のメリットを声高にとき、そして反論に対するデメリットを提示することに一生懸命である。

当たり前だが100%メリットしかない政策などわざわざ提示する必要はない。なぜならそれが事実なら、そのような政策には反対者がいないため、既に実行されているはずだからだ。

逆に100%デメリットしかない政策は賛成する推進者がいないため政策として実施されない。

ということは現在まだ議論中で実施されていない政策は、多かれ少なかれメリットとデメリット両方を持っていること意味している(なんだか当たり前のことを言っているような気がするw)。

政策を考える上で大事なことは、その効果を最大にし、副作用を最小化することであり、それこそが政策遂行者に求められている能力だと言える。

その政策が現時点においてメリットがデメリットを上回っているか、他の政策とのポリシーミックスは可能か、その2点を推敲する必要がある。

単体では悪い政策の様に見えて、他の政策と組み合わせることによって良い政策になりうるなんてことはよくあるし、逆もまたしかり。

金融政策をめぐる議論を見ていると、この大事な2点を忘れたような議論が多すぎるように感じる。極端なのは日銀がちょっとでも金融緩和をするとハイパーだなんだといいだすそういう極端な反対派である。まあ要するに嫌で嫌で仕方がないなわけだ。

インフレがどんどん進行してしまう金融緩和の副作用を抑える薬はある。それが2%のインフレ・ターゲティングである。政府と市場と日銀がコミュニケーションの上、2%というインフレ率を定め、市場予想のアンカー(イカリ)とすることで、どんどんインフレ期待だけが亢進してしまう可能性を摘み取る対策なのである。

安倍首相はこのポリシーミックスを正確に認識しており、副作用を十分に踏まえながら政策を組み合わせることで実行しようとしている。

どんな政策にも副作用はある。完全な薬は存在しない。経済政策にもそのことはあてはまる。しかし副作用があるからといって医者が処方をやめるのであれば、そもそも医者も薬もいらないのだ。

副作用があるのは当然である。問題はそれをどうコントロールするか、そこに政策の妙があるのだ。副作用があるから何もするなというかのような議論ははなから相手にしないことだ。

2013年2月15日金曜日

自民は維新を取り込まずライバルとして育てよ


日本の政党政治の悲劇は自民党と政策論議ができる政党が存在しなかったということであった。社会党という非現実的・空理空論のイデオローグの塊のような政党の存在が自民党の一党体制を戦後長く許してきた。

戦後55年体制と言われるこの保守革新のなれあいは、細かな政策論議はすべて行政の官僚が負担するという官僚依存体制でもあった。

そして民主党である。つべこべ理屈を言わなくてもこの政党の本質が社会党であり、政権担当能力がまったくなかったことが明々白々となった今、それに代わる政党が必要である。

現在のところそれが維新でありみんなの党である。

自民が仮に維新を取り込んでしまえば、その対抗軸として死に体だった旧社会党や民主党の面々が蘇ってきてしまう。自民の批判票を取り込んでしまえば、実体がなくともそれなりの勢力になってしまうのである。それがいわゆる民主党の政権交代と言う現象であった。

維新が保守かどうか議論が分かれているが、保守と言うものが定義上難しいものであったとしても少なくとも"旧社会党的と対立するもの”と考えれば維新やみんなはこの範疇に入るのだ。

自民は地方保守であり、維新は都市部のホワイトカラーの支持を受けた都市部保守である。民主は都市部のブルーカラー、つまりは労働者層の支持を受けている都市部革新だ。

日本の経済構造は都市部で吸い上げた税収を地方に分配することで成立している。税収を地方に分配しようとするケインズ型政策をとる自民党が、財政の中身についてあまり問わないのに対して、税をとられる都市部の支持層を持つ維新がその財政の中身に効率性を要求するのは当然である。

自民は都市部のサラリーマン層と地方の税収分配層を同時に代表することはできない。経済の下部構造がそれを構造的に許さないのである。代表しようとすれば政党の特色が薄れ、どっちつかずの、何をしたいのかわからない政党になってしまう。

とはいえできる可能性はある。2~3%程度の比較的高度な経済成長を実現できた場合だ。この場合成長の余力を地方に配ることも都市部層も寛容になれる可能性はある。とはいえ現在のところ1~2%台が現実的なところを見ると自民と維新(みんな)が一緒にやる余地は少なくとも今はないと考える。

自民は政策論争のできるライバルとして維新を育てるべきである。育てるとはすなわち、取り込もうとせず、是々非々の政策論議をしてその様子をマスメディアに露出させることである。そうすればメディアの低レベルな批判など相手にされなくなる。

現在のような急進的な小選挙区制度を続けるのであれば、政権交代は常に可能性として存在する。スキャンダル一つで政権の座からずり落ちることだってある。その場合、民主党のようなどうしようもないサヨク政党に政権が二度とわたることがないように、代替の政党として維新を育成する義務が自民にはある。

取り込んで一体化するなどというのは下策である。一緒にならなくても改憲は可能である。というよりそのほうが可能性が高いのだ。

2013年1月30日水曜日

社会学者が糞な理由


社会学ダメな理由

1.成長論がなく分配だけ

2.常に弱者の問題に矮小化する

3.アーキテクチャの変更を促す提案ができない

4.教科書がない(システマティックな方法論がないのでまちがってもだれも気にしない)

5.何を言っても結局一国平和主義

6.倫理やイデオロギーや価値観のはなしばかり

7.ぼくちんの"解釈"だけで"分析"がない

8.分析がないからソリュージョンがでてこない

9.専門知識がないのに社会という言葉でどこにでも口を出して混乱させる

10.欧米のえらい社会学者の名前をちりばめた論文を書くが支持しているのは福島みずほ

11.研究ほったらかしてメディアにでようとする

12.国家を目の仇にするくせに言っていることは大きな政府

13.争いの勝者は学問的業績の優劣ではなく悪口のうまいへたで決められる

14.すべては2元論

15.結論が感想

16.希望とか絶望とかいう言葉が好き

17.ツイッターレベルのつぶやきをふくらまして本にする能力だけはすごい

18.大きい話をしたがるが単に大雑把な話になっているだけ

19.データをもとに議論しないから検証未定の話が連関して検証不能になっている

2013年1月27日日曜日

金融緩和の理解には恒常的と一時的の区別が大事


金融緩和についていまだに本当にしょうもない悪意に満ちた批判が多いので、いちいち反論する。

金融緩和には中央銀行が誘導する恒常的なものと、その他さまざまな経済現象が引き起こす一時的なものとに分類できる。一時的ならデフレ脱出に意味はないが、恒常的なインフレなら効果があるといわれている。なぜ一時的ではダメで、恒常的な金融緩和なら消費や投資を喚起するのだろうか。

例えば日銀が恒常的な金融緩和を宣言して、「毎年」2%ずつインフレになるとしよう。つまり一年限りではなく、恒常的にインフレが続く状態を考える。そしてあなたは消費者としてそのことを良く知っているとする。あなたの所得が毎年100円で固定されているとすると、次の年はインフレ分を差し引いて98となる。次の年は98に0.98を掛けて・・・96.04と続いていく。

100→98→96.04→94.11→92.23→90.39・・・・・・・・

つまり恒常的に(毎年)インフレが続くと何もしないのに、どんどん自分の持っている所得、つまり円の価値がさがっていくのだ(あたりまえだが)。

この場合、消費者としてどう行動するのが合理的か。もちろん株や不動産や金などインフレになると価値が上昇していくものに円(紙幣)を換えていく。

なぜ株や不動産がインフレになると値上がりするのかというと、紙幣を刷れば紙幣の供給量が増えるが、株や不動産の供給量が増加するわけではないので、相対的に株や不動産の価値が貨幣に対して上がるからというのが一つ(というより刷った分紙幣の価値が下がる)。

もう一つはインフレになると消費者は円の一部を消費に回す。毎年インフレ分損するぐらいなら、今のうちに消費しておこうという合理的な判断である。したがって消費熱が高まるので企業業績がその分改善されて株価が上昇となる。企業も生産設備を増やし、そのための土地を取得するので、不動産価格上昇となるわけだ。

株価や不動産価格が上昇すれば、企業がもっている不動産の担保価値が高まり企業の資金コストは安くなるので、銀行や市場からお金を借りて、新規投資に回せるようになる。そうなれば人を新たに雇う。既存従業員の給与は上がり、新規に労働者を雇うので、その人たちの消費も上昇する。

つまりこういう流れだ。

金融緩和→期待インフレ上昇→株・不動産価格・消費意欲が上昇→資本コストダウン→新規投資上昇→雇用・賃金が上昇→期待インフレ上昇→株・不動産価格・消費意欲が上昇→資本コストダウン→・・・・・

これ以上簡単には説明できない(笑。

この金融緩和の経路をみればわかるが、金融緩和が即、賃金の上昇や雇用の改善に結びつくわけではない。しかし若干のタイムラグをはさんで、必ず雇用や所得を改善する。その経路の初期段階については皆さん既に株価の上昇を目撃しているわけだ。不動産価格、マンション販売件数なども序序に上昇していくだろうし、そのことは確認できるので問題ないわけだ。

もし消費者が金融緩和が恒常的ではなく一時的なものだと判断したとしよう。この場合所得が100→98になるだけでそこで止まってしまう。来年も再来年も金融緩和が続き、所得が目減りしていくという期待が働かないので、そこで金融緩和の経路が拡大再生産していかないのである。

円安で輸入品やエネルギー代金が高騰するというのも、それが"恒常的”であるなら期待インフレを上昇させるので景気に好ましく、一時的であるならば確かに家計をその分だけ苦しくさせる。

円安で輸入資源の価格が上昇すれば、その分国内物価に転嫁されるのでインフレ期待を上昇させるので望ましい。家計が圧迫されるというが、それは一時的な価格上昇は確かにそうだが、今回は恒常的な金融緩和から来る恒常的な価格上昇なので大変望ましい。

経済学のロジックを支えるのは経済活動を営む個人の「合理的な判断」を行うということ、そしてその判断は「政策を予測」しながら行われるということだ。そこが自然を対象とする物理学と違う点だ。

金融緩和反対派の主張を聞いていると、結局「期待インフレ」という変数を落として考えていることがよくわかる。

その人間だけが行う「期待」という変数を抜いた議論はもうたくさんだ。

2013年1月24日木曜日

自民党は日銀法改正を


自民党は日銀法改正についてどう考えているのはっきりしない。それが市場の疑心暗鬼を生んでいる。麻生財務大臣も甘利経産大臣も発言を聞いている限り、金融緩和のメカニズムについて深いところで理解しているとは思えない。

理解できているのは安倍総理ただ一人である。

自民党は半世紀以上政権政党の立場にいたため、立法化しないで裁量行政で済ませてしまうという悪い癖がある。政治家も自分たちの影響力を誇示したいのでルール化されることを嫌う。政治介入の余地を残すことで自分たちの政治力が生かされる余地を残す。

しかしこのようなやり方は自らを窮地の追い込む。なぜなら、官僚は自分たちに不利な要望を押し付ける政治家を取り除いてしまえば、自分たちの権益を守り続けられると考えるからだ。

したがってルール化しないで裁量に任すというのは、官僚の行政権限を不必要に拡大し、かつ官僚たちに不利な政治家を排除するインセンティブを官僚側に与えてしまう。

日銀法改正は決して政治家の要望を金融政策におしつけるためではなく、むしろ、というか本来は日銀側に政策手段の独立性を与えるものであり、政治家の不必要で裁量的な介入を防ぐためのものだ。

その意味では日銀官僚は本来改正を歓迎すべきはなしなのである。それを拒否するということは、要はできなかった時の責任を負いたくない、官僚的処世根性が出てしまっているということである。

官僚は法的根拠がなければ動かない。日銀法を改正しないということは、政治家は官僚のサボタージュを追及し是正する手段を失う。また金融緩和に積極的な総裁が誕生したとしても、その人物が金融緩和を正当化する政治的根拠を失うことにもなるのだ。

日銀法を改正しないまま、経済諮問会議で介入した場合、メディアに口先介入だと叩かれるだろうし、市場はその都度不必要に神経質にならざるを得ない。これは市場に非効率性を生み出す。

安倍総理は早期に日銀法改正を規定路線とし、その路線を支持する日銀総裁を任命すべきである。日銀総裁が決まったあとで日銀法改正を言い出して、万が一その総裁が反対に回った場合、話が大変ややこしくなる。

自民党は安倍カラーを封印して経済政策に全力を尽くすといっている。そのことに不満を感じる自民支持者も潜在的には多い。そのような状態で経済政策すら抜本的な対策を講じられないのであれば、安倍自民への期待が失望に変わるのは早晩明らかだ。

安部自民が長期政権になれるかどうかは、まさに日銀法改正がその試金石となろう。

市場は一時的ではなく恒常的な金融緩和を望んでいる。だとすれば法制化して日銀をルールに従わせるべきである。そのことが市場の不安を払拭する最善の方法である。

自民党はもはや半永久的に政権を担うという政党ではない。小選挙区制度を導入した以上選挙制度を変えない限り、政権交代は常に可能性として存在する。

政権が代わっても制度は残るし残す政治をしなければならない。自民党はそのことを考えながら立法化に勤しむべきである。